善意で見よう

その判断は「正しい」?
物事を見るとき、現象を見て、良し悪しを判断します。
そして「すばらしい!」と感じたり、「なんだこれは?!」と憤ったりします。

でもその判断は「正しい」のでしょうか?

良かれと思ってやったことが人の怒りを買い、逆に放置していたことが功を奏してよりよい状況を作ってしまったりします。
そうすると、「じゃあ何もしないほうが人から恨みも買わないし怒られないのでは?」「やっても放置してもどっちでも怒られるなら、やらない方がまし」という考えに流されてしまいます。
判断した方にすれば、そういうことじゃない、と考えますが、受け取る方で考えると、それ以外にどういう捉え方があるのか? と感じます。

こういった誤解が、新しいチャレンジや助け合う気持ちを少しずつ少なくさせているような気がしています。

次のチャレンジを引き出すのは?
どうすればいいでしょうか?
私は「まず自分が人の行動を善意で捉え、感謝しよう」と心がけています。

小さいお子さんが、台所に入って食器棚から食器を取り出し、床に並べているとします。
「何いたずらしてんの!」と言ってしかりますか? それとも「いつも食器を出す様子を見て、お手伝いをしようとしているのかな? えらいね。でも私がやるから大丈夫だよ、ありがとう。」と言いますか?

どちらが次のチャレンジを引き出すでしょうか?

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